地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20230901:Vibrio vulnificus感染症

(しばらく前の症例です)

50代女性、アルコール関連LCがあるが仕事もしている元気な方。受診前日まで仕事をしていたが、夜から発熱、受診当日に倦怠感が強くなり右下肢が腫脹してきたため受診。本人は意識清明だが、右下肢は紫斑となり、範囲を超えて圧痛を認める。両上肢と両大腿に発赤を認めるが圧痛はなし。ショックバイタルで右下肢NSTIが疑われ、外科コンサルト。試験穿刺液のGrams染色で少量のGNR middle+

詳しく聞いたが海水や海産物暴露はなし。Gram染色からもVibrioらしい形ではなく、LC患者だが抗生剤はMEPM、VCM、CLDMを開始し、外科とディスカッションの上右下肢切断術を試行。手術は無事成功しICU帰室後に透析開始。

翌日血液培養からVibrio vulnificus陽性。バイタルはかなり改善しているし乳酸も低下しているが、両上肢に少しずつ水疱が広がっていた。Gram染色はVibrioらしいバナナ型。MINO追加、VCM、CLDM終了。

 

ここで生じた臨床疑問

・海、海産物暴露がなくてもVibrio vulinificus感染症は生じるのか

・LC患者のNSTI、暴露がなくても最初からMINOを併用すべきか

・多発する皮膚病変はVibrio vulnificusで説明できるか

・多発する皮膚病変は全て迅速な外科的介入が必要か

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上記のような経験がありました。

 

一般的なこととして、壊死性筋膜炎、壊死性皮膚組織感染症は患者背景や暴露などで以下のように想定される菌種があります。(Necrotizing Soft-Tissue Infections:N Engl J Med2017 Dec 7;377(23):2253-2265.)

 

Vibrio vulnificusは肝硬変や大酒家の方が海水や海産物の暴露がある時にNSTIを生じ、皮疹は下記のような水疱、特に以下のような血疱が特徴であるという認識でした。今回Vibrio vulnificus感染症を経験し、今後のために勉強すべきことが浮き彫りになったのでまとめました。

Image

(写真 Up to date:Vibrio vulnificus infections)

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Mandell 9th editionでざっと学習

ヒポクラテス紀元前 5 世紀に黒色水疱を伴う重度の足蜂窩織炎が急速に進行し、48 時間で致死的となったことを記述しており、これが V. vulnificus 感染症に関する最初の記述と思われる。
・V. vulnificusは他のVibrioと同様に、海水の正常細菌叢の一部であり、温帯では1年のうち暖かい時期にだけ臨床的疾患を引き起こすのに十分な濃度に達する。
・チェサピーク湾(アメリカ、メリーランド州)で夏に収穫されるカキのほとんどすべてに含まれており、カニの10%にも含まれている。
・米国では、ビブリオ感染症の25%が食中毒以外の原因によるもので、食中毒以外ではV. vulnificusが最も多く分離された。ビブリオ感染症の 25%が非食物由来であり、その中で最も多く分離された菌種は V. vulnificus であった(V. vulnificus感染症のほぼ半数は非食物由来)。

・2005 年のハリケーンカトリーナの後、Vibrioによる創部感染症が 18 件報告され、そのうち 14 件(82%)が V. vulnificus によるもので、3 人が死亡した。

・米国で報告されたV. vulnificus感染者の80%以上が入院しており、30%という致死率は、あらゆるVibrio種による感染症の中で最も高い。V. vulnificusは、米国における魚介類関連死の90%を占めると推定されている。

 

臨床症状 

・主に下痢よりも、重症で特徴的な軟部組織感染症創傷感染型)または敗血症型、あるいはその両方を生じる。

敗血症型:免疫不全患者、特に肝硬変患者では、V. vulnificusは消化器症状を引き起こすことなく血流に侵入する。重症な臨床像は、患者の90%以上に発病前7日間に生カキを摂取した既往がある。悪寒と発熱の突然の発症であり、33%で低血圧となり、75%で発症後36時間以内に転移性皮膚病変が発生する。これらは紅斑性病変として始まり、急速に出血性水疱または小水疱、そして壊死性潰瘍へと進展する。この場合、V. vulnificus菌血症は、発症した症例の50%以上で致死的であった。リスク因子としては、肝硬変に加え、敗血症型のV. vulnificus感染の危険因子としては、その他の肝疾患、ヘモクロマトーシス、溶血性貧血、慢性腎不全などの鉄過剰状態、悪性腫瘍、HIV感染、免疫抑制薬などがある。 

創傷感染型:V. vulnificusによる外傷後感染症は、通常、下肢と腕に発生し、その明瞭な臨床像から診断が疑われる。温海水による表在性創傷の汚染後、健常人と免疫不全宿主のいずれにおいても、急速に進行する激しい蜂窩織炎、壊死性血管炎、潰瘍形成を引き起こし、菌血症が頻繁に発生する。(例えば、ある外科医が海水釣りの最中に指に軽い切り傷を負い、その12時間後に重症の進行性蜂窩織炎を発症したという報告や
ティラピアを捌いた後、V. vulnificusは無傷の皮膚上で24時間以上生存していたようで、患者はその後、自動車のエンジン作業中に手を外傷し、壊死性蜂窩織炎を発症した報告などがある。)
・その他:胃酸分泌抑制療法を受けている人の急性でself limitedな下痢性疾患、軟体動物の殻片による損傷後に通常起こる眼感染症、敗血症性関節炎の原因となる。

 

病態生理

・V. vulnificusの病原性を決定する主な要因はその多糖体であり、この多糖体は細菌貪食に対して抵抗性にし、TNF-αのような炎症性サイトカインの放出を直接刺激する。

・病原体の病原性に寄与する宿主由来の因子には、鉄環境がある。V. vulnificusは、低鉄分条件と鉄分過剰条件とで、いくつかの遺伝子の発現を変化させ、後者では急速に増殖する。

 

診断 

・カキの摂取後1~3日以内に壊死性皮膚病変を伴う敗血症性疾患を発症した免疫不全の宿主(特に肝硬変や基礎肝疾患を有する宿主)は、V. vulnificusを疑うべきである。まれな症例ではあるが、臨床症状は明瞭であり、この診断を示唆するものである。
・同様に、職業上またはレクリエーションで海水に暴露されたヒトが蜂窩織炎を発症した場合、V. vulnificusの感染を示唆する。
・他のVibrio種も皮膚軟部組織感染を引き起こすことがあるが、通常はそれほど重症ではない。
・V.vulnificusは、血液培養培地、創傷培養用の血液寒天培地またはその他の非選択性寒天培地、MacConkey培地およびTCBS培地で容易に増殖する。
※V.vulnificusは乳糖を発酵するため、MacConkey寒天培地で培養した場合、検査室で特に探すように指示されない限り見落とされることがある。
・V.vulnificusのtoxR遺伝子を検出するリアルタイムPCRアッセイでは、血清1マイクロリットルあたりわずか5コピーの検出が可能であり、組織中のDNAコピー数は血液中よりもかなり多いことがわかっており、培養を行う前に抗生物質を投与された患者において、診断の迅速性と特異性を高める可能性がある

 

治療
・V. vulnificus感染症では早期の抗生物質投与が重要であると同時に、すべての壊死組織の剥離または切断が救命につながる可能性があるため、直ちに外科的診察を受けるべきである。

・フルオロキノロン、第三世代セフェム、ドキシサイクリンは、V. vulnificusに対して高い活性を示し、シプロフロキサシンとセフォタキシムの併用は相乗効果を示した。

・V. vulnificus壊死性筋膜炎の生存率は、ミノサイクリンまたはシプロフロキサシンに第三世代セファロスポリンを追加した治療を受けた患者でかつ迅速な外科的介入を受けた場合に高かった。

 

予防

基礎疾患として肝疾患やその他の慢性疾患を持つ患者には、生牡蠣を食べることの危険性を警告すべきである
・現在のところ、魚介類の徹底的な加熱調理が唯一の有効な予防法である。

 

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勉強になりました。ここからはCQごとに見てみましょう。

 

CQ:V.vulinificusのGram染色所見は?

(教科書的なことは知っているけれど実際には見たことがなかった)

佐賀大学からのケースレポート(On-site Gram staining that increases a post-test probability of an ominous infection: a case of necrotizing fasciitis caused by Vibrio vulnificus: a case report:Journal of Medicai Case Reports 17, Article number: 9 (2023) )の血液培養のグラム染色多数の太く湾曲したバナナ状のGNRが多数。これが一般的。

figure 2

・本文は有料で読めないですがtatoo関連のcase report(Vibrio vulnificus septic shock due to a contaminated tattooBMJ Case Rep. 2017; 2017: bcr2017220199.)のGram染色では、あまり湾曲が目立たずやや短いですが腸内細菌(GNR middle)に見える(私見

Vibrio vulnificus septic shock due to a contaminated tattoo | BMJ Case  Reports

 

⇨Gram染色でGNRのNSTI、特にリスクファクターがある場合には閾値低くカバーでも良さそう

 

CQ:リスクファクターには何がある?

(肝疾患、アルコール以外のリスクを知らなかった)

・上記の通りMandellでは、肝硬変に加え、敗血症型のV. vulnificus感染の危険因子としては、その他の肝疾患、ヘモクロマトーシス、溶血性貧血、慢性腎不全などの鉄過剰状態、悪性腫瘍、HIV感染、免疫抑制薬などがある。 

・’Up to date:Vibrio vulnificus infections’では下記の通りリスクファクターを記載。

 ・アルコール性肝硬変(敗血症型の31~43%)
 ・肝硬変や慢性肝炎などの基礎肝疾患(24~31%)
 ・肝疾患を認めないアルコール乱用(12~27%)
 ・遺伝性ヘモクロマトーシス(12%)
 ・糖尿病、関節リウマチ、サラセミアメジャー、慢性腎不全、リンパ腫などの慢性疾患(7~8%)

 

⇨肝硬変、アルコール以外の鉄関連や慢性疾患も意識する

 

魚介や海水暴露がないこともある?

(海水に生息する菌だからほぼ100%暴露が必要だと思っていた)

・V.vulnificusを有するNSTI患者と有さないNSTI患者についての後方視的コホート研究(

In-hospital mortality associated with necrotizing soft tissue infection due to Vibrio vulnificus: a matched-pair cohort study:World Journal of Emergency Surgery volume 17, Article number: 28 (2022) )では、V.vulnificus患者で海水や海産物の暴露は88.9%と記載。

・上記の通り、Mandellでは患者の90%以上には、発病前7日間に生カキを摂取した既往があると記載。

・'青木眞著:レジデントのための感染症診療マニュアル第4版' では、敗血症型の特徴として90%の症例で発症1週間以内に生牡蠣などの魚介類を食していると記載

 

⇨病歴が取れない状況も含まれる可能性はあるが一定数明らかな暴露がない感染があることは認識すべき

 

魚介類摂取はいつまで遡れば良い?

(今回は念の為2-3週前まで聞いたが、患者が明確に覚えていたのは1週ほど前までだった)

・上記の通り、Mandellでは患者の90%以上には、発病前7日間に生カキを摂取した既往があると記載。

・症状は通常魚介類摂取後7日以内に発現するが、生または加熱が不十分な魚介類を摂取した場合には14日程度遅れることもあるChronic liver disease and consumption of raw oysters: a potentially lethal combination—a review of Vibrio vulnificus septicemia.:Am J Gastroenterol. 2005; 100: 1195-1199

 

⇨好発は2-3日前までだが、14日前までは可能な限り聴取しよう(職歴、旅行、摂取歴など)

 

Vibrio vulnificusの毒素で皮疹(中毒疹)は生じる?

(両上肢と左大腿の皮疹は中毒疹なのではないかと議論になった)

PubmedでVibrio vulnificusに加えて、erythema multiforme、maculopapular exanthema、toxic erythema、toxicodermaなどで検索するもhitなし。

 

⇨Vibrio vulnificusは毒素を生じるが、多発する病変は基本的に細菌の転移、播種を考えた方が良さそう(皮疹の進行が緩徐なものもあるよう、菌量が少ないから?)

 

壊死性筋膜炎なのに多発する?

(壊死性筋膜炎は基本的に限局するが、ペットや環境の暴露などでは暴露の仕方によっては多発しても良いし、菌で言うとHelicobacter cinaediは多発する蜂窩織炎を起こしうるという認識であった)

・上記の通り、Mandellでは創傷感染型は通常創部の下肢と腕に皮膚病変が発生し、敗血症型は悪寒と発熱の突然の発症からしばしば(33%の症例で)低血圧が続き、(75%の症例で)発症後36時間以内に転移性皮膚病変が発生すると記載。

・敗血症型は転移性皮膚病変が一般的で、通常は下肢または体幹に発症する。(Chronic liver disease and consumption of raw oysters: a potentially lethal combination—a review of Vibrio vulnificus septicemia.:Am J Gastroenterol. 2005; 100: 1195-1199)

・StatPearls; 2023 Jan. 2023 Jan 10.では、敗血症型の皮膚所見は、通常敗血症発症後24時間以内に現れ、これらは通常下肢にみられ、両側性であることが多く、創傷型の皮膚所見は創傷部位に限局しているため、敗血症型の両側下肢にみられる皮膚所見とは区別する必要があると記載。

・公立昭和病院からのケースレポート(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaamkanto/39/2/39_281/_pdf/-char/ja)では、生の海産物摂取後の両下肢の紫斑(敗血症型Vibrio vulnificus感染症)で両下肢切断を行い、術後右上肢の紫斑の拡大を認めた。右上肢は家族の希望などもありデブリードマンのみとなったが、救命に成功しており、下肢と比較し進展が遅かったことなどから菌量が少なかったのではないかと推定されている(ただし右上肢からの培養も陽性)。

・'青木眞著:レジデントのための感染症診療マニュアル第4版' では、敗血症型では下肢を中心とした多発性転移性の皮膚病変を持つと記載

 

⇨多発するNSTI はVibrio vulnificus敗血症型では典型的。両下肢が典型だが、上肢や体幹にも生じうる。デブリも各病変に必要になることが多いが、菌量によっては侵襲が少なく済むこともあるかもしれない。

 

推奨される抗生剤治療は?

・Sanford Guideでは下記

Primary Regimens
成人:(ドキシサイクリンまたはミノサイクリン100mgを1日2回点滴静注)+(セフトリアキソン2g1日1回点滴静注またはセフタジジム1g8時間おき点滴静注)

Alternative Regimens
レボフロキサシン750mg1日1回点滴静注/内服またはシプロフロキサシン750mg1日2回内服または400mg1日2回点滴静注または400mgを1日2回点滴静注

※重症化する可能性があるため、適切な危険因子(生の魚介類の摂取、塩水環境への暴露)を有する創傷および敗血症患者に対する経験的治療には、V. vulnificusに対して活性を有する薬剤を含むことが示唆される。

Up to date:Vibrio vulnificus infrctionsでは下記

第3世代セファロスポリン(セフォタキシム2g1日8時間おき点滴静注またはセフトリアキソン1g1日1回点滴静注)+テトラサイクリン(ドキシサイクリン100mg1日2回経口投与またはミノサイクリン100mg1日2回経口投与)またはフルオロキノロン(シプロフロキサシン500mg1日2回経口投与)の併用療法を推奨

・レトロスペクティブサーベイランス研究(Antibiotic use for Vibrio infections: important insights from surveillance data:BMC Infect Dis. 5:226, 2015)では、フルオロキノロン単独、フルオロキノロン+βラクタム、テトラサイクリン+β-ラクタムの併用と比較して、β-ラクタム単独では死亡率が高いことが判明した。すべてのビブリオ種を考慮すると、キノロン系抗菌薬の使用は死亡率の低下と関連しており、キノロンを含む抗生剤併用が推奨される。

・レトロスペクティブ傾向スコアマッチ症例対照研究(Outcomes of Third-Generation Cephalosporin Plus Ciprofloxacin or Doxycycline Therapy in Patients with Vibrio vulnificus Septicemia: A Propensity Score-Matched Analysis.:PLoS Negl Trop Dis. 2019;13(6):e0007478. Epub 2019 Jun 12.)では、V. vulnificus敗血症患者における第3世代セフェム+シプロフロキサシン療法の転帰は、第3世代+ドキシサイクリン療法と同等であることが示唆された

V. vulnificusの治療における各種抗生物質レジメンに関連した死亡率

V. cholerae non-O1, non-O139の治療における各種抗生剤レジメンに関連した死亡率

 

⇨基本的には第3世代セフェム+テトラサイクリンorフルオロキノロンキノロンを含んだレジメンを勧めている文献もあるが、一般的にされているのはCTRX+MINOか。疑ったら閾値低く初療から併用するべき。(本症例もGNRが見えた時点で投与考慮でよかったか)