53歳女性、独身だがパートナーあり、sexually active。2日前からの発熱、倦怠感、当日の悪寒戦慄あり。救急外来受診、血液検査でCRP5、尿検査で膿尿・細菌尿あり、CTで右腎周囲脂肪織濃度上昇で腎盂腎炎疑いで、尿培養のみ提出してCPFX処方で帰宅となりました。
翌日症状持続し食事が取れないので私の外来を受診されました。血液検査ではCRP20まで上昇、AKIあり、昨日の尿をみるとGPC clusterが見えました。診察すると右CVA叩打痛は明らかに陽性、脊椎の方も叩くと痛がる印象あり。
今回はやや年齢が高い女性、S.saprophyticusが腎盂腎炎を起こすのか?SAB(S.aureus bacteremia)/SABU(S.aureus bacteriuria)は考えた方が良いか?と思いましたので勉強してみました。
まず一般論として
最近感染症を疑っている状況で、尿Gram染色でGPCculsterをみたらGPCculster菌血症を疑えというのはよく研修医指導で伝えることです。ただし、S.saprophyticusは若年女性の膀胱炎の起炎菌となることは有名で覚えておくべきです。
尿Gram染色、あるいは培養でGPCが検出された場合
以下の書籍で勉強しました(詳細は本書を読んでみてください)
・尿路感染症におけるGPCではS.saprophyticus、E.faecalis、S.aureus、S.agalactiae(、Aerococcus属)などが代表的
・GPCが検出された場合、S.saprophyticus属以外はまずはコンタミネーションの可能性を考える
・コンタミネーションの可能性が低いと判断した場合、Enterococcus属やStreptococcus属のような連鎖状の球菌なのか、Staphylococcus属のようなcluster状の球菌なのかを判断する。四量体の球菌を見つけた場合はAerococcus属の可能性を考慮する
・S.aureusの場合、菌血症由来の可能性があり、感染性心内膜炎をはじめとした他の感染源の検索を行うこともある
では、S.saprophyticusについて勉強してみましょう。
Mandell 8th editionでは
(Staphylococcus epidermidis and Other Coagulase-Negative Staphylococciの項に記載)
・CNSの中で人間に対して病原性のあるものとして知っておくべき菌は、S.epidermidis、S.lugdunensis、そしてS.saprophyticusがある。
(S.epidermidisはCNSの中で臨床的に最もcommon。S.lugudunensisはCNSの中で最も病原性が強く、他のCNSよりもコンタミネーション率が低く、特に無菌検体ではコンタミネーションではなく起因菌の可能性を考える必要があり、S.aureusと同様の対応を行う事になる。)
・Staphylococcus saprophyticus は女性の約5-10%の直腸や尿路に定着し、sexually activeな若年女性のuncomplicated UTIの原因菌として頻度が高いが、男性の尿路感染の原因として関与することは稀である。
・コアグラーゼ陰性、ウレアーゼ産生。
・女性においての感染は、季節性(晩夏と秋)に好発し、しばしば性交渉や月経の後に起こり、膣カンジダ症と併発することがある。
・尿路感染症としては、90%は排尿困難、頻尿、切迫感、80%は膿尿、血尿を伴う膀胱炎が多い。まれに腎盂腎炎、IE、眼内炎、敗血症が報告されている。
・ユニークな接着タンパク質UafAを持ち、ヒトの尿路上皮細胞に接着し、血球凝集を媒介する。いくつかの輸送タンパク質をコードしており、浸透圧やpHの変化に迅速に適応することができる。これらの機序により尿路での感染を起こすと考えられている。
・ノボビオシンに耐性を示すことから、他のCNSと区別することもできるが、一般的な抗生剤には基本的に感受性があり、尿路感染症として治療成功することがほとんどである。
1997-2001年にアメリカで行われた急性腎盂腎炎の集団ベースの疫学解析では
(Clin Infect Dis. 2007 Aug 1;45(3):273-80. doi: 10.1086/519268.)
急性腎盂腎炎の原因微生物(性別・外来/入院別)
急性腎盂腎炎の原因微生物(性別・年齢別)
注目すべき点
・S. saprophyticusが特に男児で高頻度に分離されている。成人以上男性では稀。
・S. saprophyticusが女性の急性腎盂腎炎の原因菌として一定数同定されているが0-14歳、55歳以上では稀。
2015-2016年の16-40歳の閉経前患者における急性単純性膀胱炎の原因尿路病原体の抗菌薬感受性パターンに関するサーベイランス報告(日本)
(J Infect Chemother. 2019 Jun;25(6):413-422. doi: 10.1016/j.jiac.2019.02.021. )
急性単純性膀胱炎の原因起炎菌
・S.saprophyticusは11.1%、E.coliに次いで2番目に多い
S.saprophyticusのMIC
S.saprophyticusの抗菌薬感受性
・第3世代経口セフェム(CPDX、CFPN)やFOMに耐性を除き感受性良好
⇨安易なDU薬処方はやめよう!
最近のレビューでは
・uncomplicated UTIの起炎菌としては6%
・complicated UTIの起炎菌としては報告なし
実際の治療は
Primary regimens
・ST合剤:3days
Alternative regimens
・LVFX:3days
・CEX:7days
・AMPC/CVA:7days
※上部尿路感染の場合は7-10days
S.aureusとS.saprophyticusをはじめとするCNSの見分け方
・S.aureusとCNSは教科書的にはコアグラーゼテスト、クランピング因子により分けられる(Mandell 8th edition)
※ CNSの中でもコアグラーゼ活性を持つもの:S.hyicus,S.delphini,S.intermedius,S.pseudintermedius、S. schleiferi (検査と技術 Vol. 46 No. 3)
・CNSの中でのS.saprophyticusは、教科書的にはノボビオシン感受性テストで、saprophyticusは耐性を示すことで分けられる。
・当院の検査技師さんに聞いてみた鑑別point
①Gram染色(かなり難しい、実際困難なことが多い)
S.saprophyticusは比較的大きな集塊として観察されることが多い(林俊誠 著.グラム染色診療ドリル)
⇨S.aureusとS.saprophyticusの鑑別には有用かもしれないが実際現実的ではない
本症例はあまり集塊を形成していなかった
②コロニーの色
S.aureusは黄色、CNSは菌種によって様々
CNSの中で、S.lugudunensisやintermediusはアイボリー色、S.saprophyticusは黄色になることが多い
⇨S.aureusとS.saprophyticusの鑑別には使えない
※本症例はS.saprophyticusがやや白色に見えたが時相の問題かもしれない
③溶血性
S.aureusは溶血性、CNSはほとんどが非溶血性(S.lugudunensisやS.haemolyticusなど一部は淡いβ溶血性)
⇨S.aureusとS.saprophyticusの鑑別には使えそう
④ニオイ
主観で申し訳ないがS.aureusは生ゴミのようなくささ、S.saprophyticusはほのかなくささでかなり違った
⇨S.aureusとS.saprophyticusの鑑別には使えそうだが主観的。。
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勉強になりました。
本症例はsexually acitiveな中年女性の腎盂腎炎が疑われましたが、尿でGPC clusterが見え、S.saprophyticusでの腎盂腎炎があるのか疑問でしたが、稀だが一定数あるようですし、年齢や性交渉などは背景として良さそうでした。
2日目の時点で、溶血とニオイなどコロニーの感じからS.aureusではないでしょうと検査技師さんから連絡あり、培養は3日目にS.saprophyticus陽性となりました。悪寒戦慄や食事量低下もあり菌血症が疑われましたが、抗菌薬が既に入っていたため陰性となったかもしれません。
CVA叩打痛はかなり強かったですが、結石など閉塞起点も画像上認めず、腎盂腎炎としてCEZに変更し、一般的な尿路感染症同様に3日目くらいに解熱して痛みも改善、5日目からCEX内服に変更としました。
S.aureusとS.saprophyticusの鑑別はSABU(Staphylococcus aureus bacteriuria)かなと思ったときに参考になるかもしれませんが、各病院の検査技師さんと話してみるのが大切ですね。