地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20240326:NEJM レビュー:一過性全健忘

40代女性、朝雪かきをした後から様子がおかしいとのことで夫が連れてくる形で来院。夫曰く、急に同じことを繰り返すようになったんです、と。

診察すると数日前までの記憶がなく、昨日のことを聞くと5日前のことを話す。何度もここはどこですか?と繰り返している。神経所見は視野含め異常なし。その他、嘔気が続いていると。

診断は?

 

割と典型的なTGA(一過性全健忘)ですね。一度見ればゲシュタルトが作りやすい疾患だと思います。

ただ、嘔気はあっても良いのか?と思ったりしました。

 

 

では、積読していたNEJM のレビューを見てみましょう。

 

 

N Engl J Med 2023; 388:635-640
DOI: 10.1056/NEJMra2213867

Introduction

一過性全健忘(transient global amnesia:TGA)は、他の研究者によっても報告されていたが、1958年にFisherとAdamsによって体系化され初めて命名された。

・毎年、人口10万人あたり約3~8人、50歳以上の高齢者ではより多くの人の罹患が推定されている。

・突然発症する不可逆的な前向性健忘と改善する逆行性健忘からなり、数時間持続し、健常成人にもみられる。TGAを模倣する疾患はいくつかあり、錯乱、痙攣、運動失調、めまい、記憶以外の認知障害などの非典型的な特徴に注意する。TGAに非典型的な特徴がない限り、広範な評価は必要ない。

・予後は良好だ、患者の約15%が数年後に再発する。

・多くの説があるが、原因はわかっていない。

 

 

 

 

Clinical Features

中年以上で、覚醒度や他の認知機能は保たれているにもかかわらず、突然、前向性健忘が起こり(新しい情報を数秒以上保持することができなくなり)、逆向性健忘は数時間、数日(あるいはそれ以上)遡って生じるのが典型的

 

・具体的には、繰り返し定型的な質問を、約30秒の不規則な間隔で行うことが異常として認識される(「どうやってここに来たのか」「ここはどこなのか」「何が起こったのか」「今何時なのか」)。逆行性記憶喪失は発症前の数時間から数日遡るが、徐々に改善し最終的には数時間から数分の健忘となる。


・その他の機能は全て正常で、罹患者は複雑な音楽演奏やチェスの試合を完遂することができ、エピソード中に外科医が手術を行ったという報告もある。逆行性記憶喪失の期間内に変化がない限り、自分の名前、生年月日(ただし、著者が診察した何人かの患者は、自分の年齢を正確に言うことができなかった)、配偶者や親戚の名前を言うことができ、これらの人物を認識することができる。

 

・エピソードがいつ終わったかを正確に知ることは困難だが、エピソードが起こっている時期の記憶とエピソードが起こる前の数時間の記憶に永久的な空白が残る

 

軽い頭痛や眩暈、嘔気も多くはないが報告されている。

 

・神経学的所見は正常。

 

・この病態は同定が容易であり、典型的な記述から逸脱していない場合には鑑別診断が限定される。

 

 

・診断基準としては、痙攣と頭部外傷の両方がないこと、24時間以内に消失することなどが挙げられている。

TGAの診断基準

Caplan
前向性健忘が目撃されている
○認知機能障害は反復性問診と健忘に限定される
○他の主な神経学的徴候や症状はない
○一過性で、通常数時間から1日続く
Hodges and Warlow
前向性健忘が目撃されている
○明確な前向性健忘
○意識混濁、認知機能障害、自己同一性障害はない
○症状は24時間以内に消失
○発作中または発作後に局所神経学的徴候なし
てんかんの特徴なし
○最近の頭部外傷や活動性のてんかんはない

 

 

・鑑別疾患(Lancet Neurol 2010;9:205-14)

○後方循環脳虚血

○中毒や薬の副作用

○複雑部分発作

○一過性てんかん性健忘

○痙攣後状態

○精神的な逃避、解離性障害

○外傷後健忘

低血糖

 

 

・病歴や神経所見から、TIA脳卒中、痙攣、頭部外傷が疑われなかった場合、一般に広範な評価は必要ない。

 

Patient Characteristics and Preceding Factors

・277例のレトロスペクティブシリーズでは、平均年齢は62歳、女性より男性の方がわずかに多く、エピソードの持続時間は平均6時間、多くは2~12時間であった。

 

・ほとんどのケースシリーズでは、患者の約15%が2回以上の発症を経験しており、発症間隔は平均約2年、これらの患者のほぼ3分の2が3回以上発症している。1044人の患者を含むレトロスペクティブシリーズのデータから、初回エピソード時の年齢が若いこと、片頭痛の既往歴/家族歴があることが将来の再発の予兆であることが示唆されたが、まだ不確かである。

 

・いくつかのケースシリーズでは、心血管系の危険因子が過剰に報告されているが、おそらく一過性全健忘症患者の典型的な年齢範囲に見合ったものであろうとされる。

 

・いくつかのケースシリーズの報告およびメタアナリシスでは、片頭痛患者における一過性全健忘症のリスクが、片頭痛のない患者よりも高いことが確認されている

 

エピソードの前の特徴として、冷水への飛び込みやシャワー、死亡の知らせ、性交渉、暴行、医療処置(内視鏡検査など)、激痛などの身体的・精神的ショックや極度の労作などのイベントがあるが、ほとんどの例では明らかな前駆症状はない。Mayo clinicの一連の報告では、患者のほぼ20%において、激しい農作業がエピソードに先行していた(誘因となった出来事の記憶が逆行性健忘によって抹消された可能性もある)全身麻酔に使用される薬物や違法薬物に起因するという報告もあるが、これらの薬物の副作用である可能性もあり、関連は不明である。

 

Other Causes of Transient Amnesia

・多くの症例報告において、一過性全健忘は、急性健忘の鑑別診断に広く含まれるが、少数の例外を除いて、TGA以外の診断はTGA+αの症候を伴っている、または、TGAに合わない特徴を持つことがほとんどである。

 

・一過性全健忘の通常のパターンには含まれない所見としては、意識混濁、反復的な定型的質問の欠如(反復質問は一過性全健忘の診断に感度が高く特異度は低い)、 神経所見異常、認知機能障害などがある。機能性健忘症や仮病健忘症の場合は、病歴のありえなさや自己同一性障害などを認める。

 

非けいれん性発作に伴う急性記憶喪失(transient epileptic amnesia:一過性てんかんせい健忘):一過性全健忘と区別できないことがあるとされるが、transient epileptic amnesia115例のレビューでは、ほとんどの患者に、持続時間が短い(15~30分)、エピソードが数週間間隔で繰り返される、幻嗅、涙、記憶機能障害の異常な側面(一部は機能的疾患を模擬したもの)、一過性全健忘の特徴の多く(特に反復的な定型的質問)がみられないなどの特徴を認めた。Transient epileptic amnesia患者の年齢は、一般にTGAの患者の典型的な年齢よりも若い。

 

脳梗塞:海馬の孤立性梗塞や他の脳領域の病変が突然前向性健忘を引き起こし、後に記憶障害が消失していないことが判明するまでTGAと区別できないという単一症例の報告もあるが、脳卒中による急性期の記憶障害は反復質問などのTGAのいくつかの側面が欠落している可能性が示唆されている。

(著者は脳底動脈脳虚血症候群の患者において、TGAに典型的な質問間隔よりも長い間隔で、しかもこの病態のような定型的なパターンを伴わずに、一過性健忘を呈し、反復的な質問をする患者を見たことがある。)

 

Transient concussive amnesia(一過性脳震盪性健忘):TGAとよく似ており、反復する定型的な質問をするケースもあるが、記憶喪失の生物学的メカニズムはTGAと同様に不明である。


片頭痛:TGAの原因として片頭痛に類似した病態生理学的特徴を挙げる研究者もおり、多くのTGAのケースシリーズが片頭痛患者を多く含んでいる。片頭痛前兆時や片頭痛のみでの記憶障害も報告されているがまれであり、小児では錯乱性偏頭痛の一部であるとされている。

 

Putative Mechanisms

・TGAの病態生理学的はまだ明らかでない。

 

痙攣:初期の理論では、痙攣によるものとされていたが、脳波検査では支持されていない。TGAは突然発症し、一過性であるため、現在のところ、ほとんどの仮説は、内側側頭葉と視床、またはこれらの領域に血液を供給する後方循環に影響を及ぼす従来とは異なる血管または虚血メカニズムに関係していると考えられている。

 

血管障害:TGA後の虚血性脳卒中発症リスクは増加しないが、14,000人以上の韓国人患者を対象とした傾向スコア分析では、脳卒中発症リスクはわずかに増加する可能性が示唆されている。TGA発症後数時間経ってからMRIを撮ると、小さな虚血性病変が遅れて出現することからも血管機序が疑われるが、なぜ病変の出現が遅れるのか、虚血ではなくニューロンの生理的変化を反映しているのかどうかは不明である。

 

低灌流:機能的画像診断により、エピソード中の両側性の低灌流が示されているが、このような低下は、これらの領域における神経機能障害に先行する可能性もあるれば結果として生じる可能性もある。エピソード中の神経ネットワークの研究では、海馬と海馬傍回の両側の結合が低下しているほか、扁桃体や側頭葉の一部など、他の構造の結合も低下していることが示されている。

 

片頭痛の前兆の原因である皮質拡延性抑制 (大脳皮質でのニューロンとグリアの脱分極が同心円状に拡延し、その後しばらく電気活動が抑制される現象):TGAの説明に適していると考えられるが、この現象のトリガーはわかっておらず、TGAのメカニズムであるという証拠も不確かである。

 

バルサルバ機序(息こらえ動作):側頭葉の血管うっ血も機序として考えられている考えら基づいて示唆されているが、これらの仮説も不確かである。

 

その他:血管造影で椎骨動脈に色素を注入した直後にTGAが起こることも血管機序を支持しているが、片頭痛と同様の機序で後大脳動脈から供給される皮質領域が刺激された結果かもしれない。

 

Diagnostic Imaging

・一過性全健忘の患者390人を対象としたレトロスペクティブシリーズでは、70%に海馬または隣接構造にDWIで1つ以上の点状病変がみられ(右側や両側より左側が多い)、エピソードの12~48時間後に顕在化することが多く、数時間から数日間持続する。

・遅れて生じるMRI画像異常は補助診断として有用である。

 

一過性全健忘のエピソードから約36時間後のDWI画像
左右の海馬に点状病変

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勉強になりました。

 

この症例は嘔気があったので、頭部CTは撮像しましたが所見なし、その後自然に嘔気は改善し、数時間で健忘も改善しましたが、数時間の逆行性健忘とエピソード中の記憶は消失しておりました。典型的なTGAと判断し、MRIや脳波は取らず、翌日退院としました。

 

以下の点は自分としては今まで意識しておりませんでした。

・TGAの特徴的な病歴の中で反復的な定型的質問の欠如(反復質問は一過性全健忘の診断に感度が高く特異度は低い)は特に重要。

軽い頭痛や眩暈、嘔気も多くはないが報告されている。