地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20230813:ヘパリン増やしているのにAPTT伸びません

あるICUの一コマ

静脈血栓でヘパリンを開始している患者の申し送り

(ivはせずに持続点滴の用量を増やして調整していた)

 

私「なかなかAPTT伸びなくて今ヘパリン30000U/日まで増やしてるんですよ」

指導医「なんでAPTT伸びてないの?理由は?」

私「・・・」

指導医「ヘパリン抵抗性って知ってる?」

私「・・・」

指導医「これ読んでみて」

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ということで今回はこちらを読んでみます。

 

Heparin Resistance — Clinical Perspectives and Management Strategies

N Engl J Med 2021; 385:826-832

 

はじめに 

ヘパリン抵抗性とは、適切と考えられる量のヘパリンを使用しているにもかかわらず、特定の抗凝固レベルが達成されないこと(明確な定義はない)

・基本的にはモニターしつつ用量を測定し調整される未分画ヘパリンでのことを指す

血栓症のリスクが高いCovid-19の重症患者においてヘパリン耐性の報告が増えている

 

凝固抑制の機序

ヘパリンは豚の腸から分離された、負電荷を帯びた、ウロン酸とアミノ糖からなる硫酸化グリコサミノグリカンの1つ

未分画ヘパリンの分子量は3000-30000であるのに対し、未分画ヘパリンから精製される低分子ヘパリンは3500-5000と小さい

未分画ヘパリンはアンチトロンビンに結合し、それによってアンチトロンビンとトロンビン、アンチトロンビンと第Xa因子との相互作用を促進し、その結果として血栓促進活性を阻害する。優先的にはトロンビンが阻害される。

低分子ヘパリンはアンチトロンビンに結合できるが、糖鎖が短いためトロンビンや第Ⅹa因子とは結合できない。主には第Ⅹa因子が阻害される。

※トロンビンを阻害するにはアンチトロンビンとトロンビン双方に結合しないといけないが、第Ⅹa因子を阻害するためにはアンチトロンビンと結合するのみで良い

未分画ヘパリンと低分子ヘパリンのサイズの違いによる作用の違い

 

非経口抗凝固薬の特徴

※ビバリルジンは日本未承認

 

ヘパリン抵抗性の同定
・ヘパリン抵抗性は目標とする抗凝固レベルを達成するために高用量のヘパリンを必要とすることと定義されるが,その閾値は十分に定義されていない

・ヘパリン抵抗性の同定は,適切な目標値やヘパリンの効果を測定する最良の方法についてのコンセンサスがないためにさらに複雑
・報告されている1つの定義では,抗凝固療法を達成するために1日35,000U以上の投与が必要であれば,ヘパリン抵抗性であるとされているが,抗凝固療法の目標値は特定されていない
・人工心肺を受ける患者においてしばしば用いられるヘパリン抵抗性の定義は、ACT400〜480秒を達成するために体重1kgあたり500U以上の投与が必要であること

 

 

凝固モニタリング検査

・試験管内で血栓形成がどれだけ早く起こるかを測定する。

・最も一般的に使用されている検査はAPTT、もう一つはACT(PCIや対外循環などで用いられる)

 

APTT

低用量の未分画ヘパリンのモニタリングとして使用される。一般的には抗凝固療法としてヘパリン抗凝固作用をモニタリングする際に利用。

・リン脂質成分の添加の有無など、APTT測定に使用する試薬の違いにより、検査室によって結果が異なることがある

・APTTはヘパリン濃度が高くなると停滞し非線形または対数線形で反応する
・APTTは急性炎症性疾患の際にみられるような,第VIII因子やフィブリノゲンのような血液凝固促進タンパクのレベルの変化や抗リン脂質抗体の出現に影響を受けやすい。(PT正常、APTT延長の代表的鑑別は、血友病、von Willebrand病、後天性血友病APSなど)

一般的なヘパリン用量調節
未分画ヘパリン組成:ヘパリンNa200IU/ml
体重50kgでは4000IU静注し、4.5ml/hで持続静注開始
(JCS2017)

 

ACT

高用量の未分画ヘパリンのモニタリングとして使用される。一般的には人工心肺、ECMOなど対外循環やPCI時の高用量ヘパリンによる抗凝固を行う場合は、APTTは>90秒となりモニタリングが不正確となり、ACTが適する。

・APTTとは異なり全血検査のため、凝固能以外に血小板機能も反映する

・APTTとは異なり、ヘパリン高用量での反応が直線的

・患者要因(貧血、フィブリノゲン低値、Pltなど)および手技要因(対外循環での低体温や血液希釈)は、ヘパリンの効果とは無関係にACTを延長させる可能性がある

一般的なACTでのヘパリン用量調整
未分画ヘパリン組成:ヘパリンNa200IU/ml
20-70IU/kg/hで調整
(JCS2018)

 

 

Chromogenic assays

Chrommogenic anti-Xa assayが主に用いられる

・検体中に含まれるヘパリンを過剰量のアンチトロンビン試薬と混和し結合させ、そこに過剰量Ⅹa試薬を加えることでアンチトロンビンによりⅩaを阻害させ、阻害されずに残ったⅩaを特異的な発色性合成気質と反応させて、遊離した発色基を検出し抗Ⅹa活性を求める方法(血栓止血誌 2022;33(3):351-355)

抗Xa活性は、試薬、急性反応蛋白(第Ⅷ因子、フィブリノゲンなど)、肝疾患、凝固因子欠乏など、APTTが影響を受ける因子の影響を受けず、より正確にヘパリンの効果を測定できる

保健収賄はされているが、日常検査として実施している検査室は限られている。アメリカでは測定が一般的になりつつあるが、抗Ⅹa活性の測定はAPTTの測定と比べて費用が高く、日本での普及にはまだ至っていない。今後日本でもスタンダードとなりうる日が来るかもしれない。(Hospitalist Vol.7 No.3 2019.9)

Chromogenic anti-Ⅹa assayの原理
血栓止血誌 2022;33(3):351-355)

 

 

 

耐性のメカニズム

非特異的結合
・ヘパリンは強い負の電荷を帯びているため、下記の物質と結合し、これらが効果のばらつきの原因となりうる。

※ヘパリンと結合する生物学的分子
凝固因子:アンチトロンビン、第VIII因子、第Xa因子、フィブリノゲン、組織因子経路インヒビター、von Willebrand因子

細胞接着タンパク質:インテグリン、L-セレクチン、P-セレクチン

モカイン:IL-8、血小板第4因子、腫瘍壊死因子α

細胞外マトリックスタンパク質:コラーゲン、フィブリノーゲン、ラミニン

糖タンパク質:ヒスチジンに富んだ糖タンパク質

リポ蛋白質:アポリポ蛋白質E、リポ蛋白質リパーゼ

微生物タンパク質

核タンパク質:ヒストン、転写因子

ウイルス性タンパク質

 

アンチトロンビン欠乏症
・後天的な原因によるアンチトロンビン(以前はアンチトロンビンIIIと呼ばれていた)の欠乏は、ヘパリン抵抗性の原因として一般的に関与している

・肝疾患、敗血症、DIC、急性白血病患者におけるアスパラギナーゼの使用、体外循環の使用など、多くの状態やその治療がアンチトロンビン濃度の低下と関連している
・現状ではヘパリンによる抗凝固活性に必要なアンチトロンビンの最低レベルを評価した研究は知られていないため、補充閾値は専門家のコンセンサスに基づいている

大野博. ICU/CCUの薬の考え方,使い方 ver.2 では、ヘパリン使用中にAPTT延長が見られない場合、 AT-Ⅲ活性を測定し、特にAT-Ⅲ活性<65%の場合にはAT-Ⅲ製剤やFFPの投与を検討と記載されている

・ヘパリンの使用そのものがアンチトロンビン活性の低下をもたらすが、主に未分画ヘパリンでみられ、低分子ヘパリンではみられない
・高用量のヘパリンが使用される心臓バイパス術を受けている患者において、精製または遺伝子組換えアンチトロンビンによるアンチトロンビン補充は、いくつかの臨床試験においてヘパリンに対する反応性を回復させるのに有効であった(Anesthesiology2002;96:1095-1102.、J Thorac Cardiovasc Surg2005;130:107-113.

・アンチトロンビンの補充は特に活性化凝固時間の結果を改善し、しばしばヘパリンの投与量を減らすことを可能にする。
・以上から心臓外科手術では補充療法が一般的に行われている

遺伝性アンチトロンビン欠乏症の患者もヘパリン耐性のリスクがあるが、これらの患者におけるアンチトロンビン補充効果の同様の評価は行われていない。

 

血小板相互作用
・未分画ヘパリンの投与は血小板を活性化し、ヘパリン結合蛋白として知られる血小板第4因子を放出することもあり、血小板第4因子とヘパリンが複合体を形成し、血小板第4因子の構造変化が起こり、それに対するHIT抗体が産生される。この機序自体がヘパリン耐性の説明としても知られている。

・抗血小板薬の使用は、ACTを含む全血凝固検査に影響を及ぼし、ヘパリンに対する反応性を増加させる。一方、血小板の急速な活性化をもたらす心臓バイパス手術などはヘパリンに対する反応性を低下させる

血小板活性はAPTTや抗Xa因子レベルには影響しない

 

凝固因子の上昇
・Covid-19やその他の急性炎症状態の患者では、急性反応蛋白として知られる第VIII因子フィブリノゲンの濃度が上昇する。それに伴いAPTTが短縮し、目標とするAPTTを達成するために未分画ヘパリンを増量する必要があり、これはヘパリン耐性を示唆する

 

アンデキサネットアルファ(オンデキサ®︎)
・アンデキサネットアルファは、直接作用型第Xa因子阻害薬やフォンダパリヌクス、低分子ヘパリン、未分画ヘパリンの抗凝固作用を中和、阻害する

・アピキサバンまたはリバーロキサバンの作用をリバースするためにアンデキサネット・アルファを投与された後に心臓手術を受けた患者が、目標とする抗凝固レベルを達成するために過剰量の未分画ヘパリンを必要としたという報告が多数あり、ヘパリン耐性の新たな潜在的原因として重要である

 

COVID-19

・Covid-19に関連した凝固亢進状態は、透析やECMO回路で起こる血栓性事象を予防・治療するために、多くの入院患者、特に集中治療室での未分画ヘパリンの使用を増加させている。
・複数の因子がCovid-19に関連した血栓性合併症に寄与しており、過去にH1N1インフルエンザなどの他のタイプの感染症で起こったように、ヘパリン耐性をもたらす可能性がある。

・これらの因子には、第VIII因子、フィブリノゲン、von Willebrand因子、内皮傷害が存在する場合の抗リン脂質抗体のレベルの上昇が含まれる。

 

ヘパリン抵抗性に対する検査
抗第Xa活性
・抗第Xa因子の値が低ければ、標準的な目標値に向けてヘパリンを増量すべき
・未分画ヘパリンの投与量をモニターとしてAPTTと抗第Xa因子のどちらの値が最良の情報を提供するかについては議論があるが、Covid-19患者では、フィブリノゲンや第VIII因子の値が上昇している、抗リン脂質抗体の存在によりベースラインのAPTTが上昇している、DICが発症している場合などで特に、抗第Xa活性の値の方が未分画ヘパリン活性をより正確に反映している可能性がある

 

ヘパリン抵抗性に対する治療

アンチトロンビン補充
・アンチトロンビン濃度が低いとヘパリン抵抗性を引き起こす可能性があり、ヘパリン投与そのものがアンチトロンビン濃度を低下させる可能性がある。

・しかし、心臓手術以外でのアンチトロンビン補充による有用性を示すデータは不足している

・ヘパリン抵抗性を示すCovid-19患者を対象とした1件の小規模試験では、アンチトロンビン濃度の低下は観察されなかった(Int J Lab Hematol 2020;42:Suppl 1:19-20.)

 

直接トロンビン阻害薬
・直接トロンビン阻害薬であるアルガトロバンやビバリルジンは、主にHITの治療、対外循環での凝固防止で使用される。
・これらの薬剤はアンチトロンビンを必要とせずにトロンビンを直接阻害するため、Covid-19を含む重症患者に頻繁に投与され、APTTまたは ACTを用いてモニターされている。

・直接トロンビン阻害薬は第VIII因子の下流で作用して血栓症を抑制するが、未分画ヘパリンのモニタリングにおけるAPTTの使用と同様に、フィブリノゲンの上昇が直接トロンビン阻害薬のモニタリングにおけるAPTTの使用に影響を及ぼす可能性がある。

 

まとめ

・ヘパリン抵抗性は、ヘパリン投与に対してaPTTが期待通りに上昇しない場合に疑われる。
・Covid-19および他の急性感染症患者では、APTT/ACTと抗Ⅹa活性の結果にしばしば不一致が認められるが、これはAPTTを短縮させる第VIII因子とフィブリノゲンの上昇に起因し、抗凝固を達成するためにヘパリンの投与量を増やす必要が生じる。

 

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また、わかりやすいヘパリン抵抗性に対するマネジメントフローチャートがありました。上記を理解した上で読むと理解しやすいと思います。

 

Intensive Care Med. 2023 Jun 6 : 1–3.

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Object name is 134_2023_7103_Fig1_HTML.jpg

ヘパリンが思ったより必要(35000U/日以上または20U/kg/h以上)な時にヘパリン抵抗性を考える

①抗Ⅹa活性を測定する:0.3-0.7 IU/mLを目標

以下抗Ⅹa活性が低ければ

②HITらしさがあれば対応

③採血管内での血小板第4因子遊離を除外するためにCTAD採血管を利用する

④HIT要素がなければヘパリンを増量

⑤(心臓手術以外では有用性は示されていないが)アンチトロンビンが低ければ補充する

※Extracorporeal Life Support Organization (ELSO) guidelines (ASAIO J. 2022;68:303–310.)では、ヘパリン要求量が増加した場合には、アンチトロンビンを毎日モニタリングし、アンチトロンビン濃度を50~80%に維持することが推奨されている。

⑥適応外としてビルバリジンとアルガトロバンの使用を検討する

 

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いつも勉強させていただいているこちらのブログにもヘパリン抵抗性のまとめがありました。

nagano1123.livedoor.blog

以下本文より、アンチトロンビンの解釈や検査タイミングについて勉強になりました

ATⅢ欠損の検査をするタイミングは難しい。
・ワーファリン、直接Ⅹa因子阻害薬(リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)や直接トロンビン阻害薬(アルガトロバン、ダビガトラン)内服中ではアンチトロンビン活性が上昇する。
・ ヘパリンはアンチトロンビン活性を低下させる。 
本来は急性期を過ぎたあとに抗凝固薬を中止して2週間ほどたったあとに測定するのがいいが、なかなかこの疾患を考える場合はそうもいかないですよね。
例外としてUp to dateには以下のような場合が書いてありました。
・AT欠損症の家族歴があり、すぐ診断をつけることで治療が変わってくる場合(緊急手術、急性の血栓塞栓症)
・ヘパリン治療でaPTTが治療域に達せず血栓塞栓が進行し、AT欠損症が判明した場合治療が変更になる(AT補充治療や抗凝固療法変更)場合。
・ALL患者でアスパラギナーゼが使用され、AT欠損症が判明した場合AT補充療法を検討する場合。
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勉強になりました。

アンチトロンビンを意識する(検査のタイミングも意識する)、HITを意識する、内科疾患でのアンチトロンビン補充のエビデンスを待つ、抗Ⅹa活性測定ができるようになるのを待つ、急ぐ時にはアルガトロバンを考慮する、みたいなところでしょうか。