地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20230722:NEJM Case record:Case 22-2023: A 59-Year-Old Woman with Hypotension and Electrocardiographic Changes

今週のNEJM case recordです。先端巨大症の女性の術中麻酔導入直後の血圧低下の症例です。

Case 22-2023: A 59-Year-Old Woman with Hypotension and Electrocardiographic Changes

 

先端巨大症の診断がついている59歳女性。経蝶形骨下垂体手術が予定されていた。

既往歴は、高血圧、前糖尿病、肥満、OSAS、PCOS、RA、OA、脊柱管狭窄症あり。薬剤歴はヒドロクロロチアジド、オルメサルタン、イブプロフェンアセトアミノフェン頓用使用していた。ヒドロキシクロロキンは白血球減少、メペリジンは消化器症状で中止となっていた生活歴はニューイングランドで夫と二人暮らし、会社勤めをしていた。喫煙や飲酒、違法薬物の使用はなし。母方と父方の家族に心血管疾患の家族歴が複数あり。

術前評価では、心電図は洞調律、III誘導にT波陰転化あり。TTEでEF55%、壁運動異常なし、TRPGは28mmHg、軽度のMRとTRあり。レガデノソン投与負荷試験で虚血所見なし。

手術当日:ミダゾラムフェンタニルプロポフォール、リドカイン、ロクロニウムで導入し、一時的にSPO2が79%まで低下したが、1分以内に正常化した。その後吸入セボフルランとデキサメタゾン、PIPC/TAZが投与、レミフェンタニルとフェニレフリンの点滴が開始された。

     麻酔導入後、血圧は徐々に低下しBP67/36mmHg、HR71拍/分隣、心電図で下壁誘導でST上昇、前壁・側壁誘導でST低下とT波陰転化がみられた。

     アスピリン直腸投与、フェニレフリンとエフェドリンボーラスでBP110/54mmHg、HR111拍/分まで上昇し、心電図変化は正常化した。すぐにTEEを行い術前と変わりない所見であった。手術は中止となりCCUへ。
     トロポニンTは微増、1時間後には正常化。CXpは正常、冠動脈CTでは左前下行枝に中等度の狭窄を認め、術中のST上昇は冠動脈攣縮によるものと考えられた。アムロジピンと一硝酸イソソルビドによる治療が開始され、アトルバスタチンも追加された。3週後に再手術の予定となった。

再手術当日:フェンタニルミダゾラム、局所リドカインで気管挿管が行われた。その後、プロポフォール、ロクロニウム、セボフルランで麻酔を開始、フェニレフリンの点滴が開始され、ピペラシリン・タゾバクタムが投与された。直後にBP54/29mmHgまで急激に低下、心電図では下壁誘導にST上昇、前壁・側壁誘導にST低下とT波逆転が認められた。

 

what's your diagnosis?

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本文の経過は上記のようになります。

麻酔導入時の薬剤投与後の血圧低下でSystem1としてアナフィラキシーが想起されます。アナフィラキシー+心電図変化(ACS疑い)となるとKounis症候群が想起されます。本症例はアドレナリン投与はされておらずフェニフリンやエフェドリン投与で改善しており、そこは合わない?また頻脈がないのはアナフィラキシーとしては非典型ですが、RCA病変で伝導障害が出ていたのでしょうか?冠動脈CTでRCAの狭窄がなかったということで、KounisとしてはType1の攣縮によるものが想起されます。

 

それでは以下本文の解説です。

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術中低血圧について考えてみる

①麻酔導入時の薬剤作用によるもの

②使用薬剤に対するアナフィラキシー

③手術の出血に伴うもの

④手術手技による静脈灌流障害によるもの

⑤偶発的なものとしてショックの原因を体系的に考える

 

本症例では①がまず考えられたがST変化が説明できなかった

 

本症例でのST変化の原因としては

ACS

②冠攣縮

たこつぼ心筋症

が想起されたが、冠動脈CTとTEEの結果から②冠攣縮の診断となった

 

再手術で血圧低下がありアナフィラキシーが想起された

 

アナフィラキシー+冠攣縮?

⇨Kounis症候群

 

アナフィラキシーの診断は臨床診断+血清トリプターゼ測定、皮内テストでPIPI/TAZ陽性により行われた。

※トリプターゼ:症状発現直後または発現直後に採取した血液サンプル中の総トリプターゼ値を連続測定し、その後ベースライン値(症状消失後24時間以上経過してから採取した血液サンプル)を測定することにより行うことができる。血中トリプターゼ濃度は、アナフィラキシー発症後90分間に急速に上昇し、血漿半減期は約2時間である。アナフィラキシー診断のためのトリプターゼ濃度は、理想的には症状発現後4時間以内に測定すべきである。

⇨日本では結果が出るまでに1ヶ月以上かかり、自費で1万円以上かかるため現実的ではない

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ということでKounis症候群であっていました。

最初のST変化の時にCAGしなかったり、再手術で同じ薬を投与したり、マネジメントはヒヤヒヤする場面が多かったように感じましたが、術中アナフィラキシーの診断の難しさやKounisの経過が勉強になりました。

術中の患者は皮膚所見が確認しづらかったり、消化器症状、呼吸音など確認しづらくアナフィラキシーの診断が難しいようです。また、胸痛の訴えもできないのでアナフィラキシーとして対応した後に心電図を忘れないようにしないといけません。

 

以下、本文のKounis症候群の解説+自分が勉強したことをまとめます。

 

アナフィラキシーについては、こちらをご参考ください。

tknk830.hatenablog.com

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・Kounis症候群はアレルギー反応が肥満細胞の脱顆粒を引き起こし、多数の炎症性メディエーターの放出により冠動脈に臨床的に重大な影響を及ぼす症候群。

魚摂取に伴うKounis症候群のメカニズム
(Clin Chem Lab Med.2016 Oct 1;54(10):1545-59.)

・臨床病型:3つのTypeがある。

Type1(76.6%):既存の冠動脈疾患はなく、血管攣縮が起こる事による

Type2(22.3%):既存のアテローム性疾患があり、プラークの破綻が起こる事による

Type3(5.1%)   :既存の冠動脈ステントがあり、ステント血栓症が起こる

・診断:特別な検査はない。アレルギー症状+ACSで臨床診断。ほとんどで皮膚症状、気管支痙攣、アナフィラキシーを呈する。Kounis症候群患者175人のレビューでは、87%に胸痛、95%以上に心電図異常所見がみられた。

・所見:下記。徐脈はアナフィラキシーでは基本的には稀(時間が経っていたり、βブロッカー内服などあれば起こりうる)なので、アナフィラキシーで徐脈を見た時にはRCAを噛んでいるKounisを考慮することは重要か(私見

(Clin Chem Lab Med.2016 Oct 1;54(10):1545-59.)

 

・誘因:食物、薬物、環境暴露など

(Clin Chem Lab Med.2016 Oct 1;54(10):1545-59.)

 

・治療:アナフィラキシーACSを同時に治療することが目標。

    アナフィラキシーと冠動脈病変の両方に対する心血管治療薬の影響のバランスをとる必要があり、マネジメントは難しい。

    特にエピネフリンを投与することの有益性が、心臓への有害作用のリスクを上回る可動化の判断が重要である。

以下治療の概要をまとめる(Eur J Intern Med. 2016 May;30:7-10.)

Figure thumbnail gr1アナフィラキシー治療と冠動脈疾患治療の両方に速やかに対処しなければならない

※Typeごとに冠動脈疾患としての治療は異なるが、臨床判断は困難であり攣縮に対する治療、ACSとしての対応を両方行うことになる

アナフィラキシー治療

アナフィラキシーガイドラインに従うべき

・Kounis症候群Type1ではアレルギー反応の治療が有効
・H1/H2ブロッカー:かゆみ、蕁麻疹、血管浮腫の改善に有効だが、呼吸器症状やショックを緩和しない

ステロイド:即効性がないが主に二相性のアナフィラキシー反応を予防するために使用される。急性心筋梗塞においてこれらの薬剤による有害性はなく、死亡率に有益な可能性があると報告されている 。

・輸液:アナフィラキシーでは血液分布異常があり極めて重要である。ただし、Kounis症候群の場合、肺水腫などの副作用の危険性があるため、この介入は慎重に行われるべきである。

エピネフリンアナフィラキシーの治療の最重要薬。Kounis症候群ではエピネフリンを投与することの有益性が、心臓への有害作用のリスクを上回る可動化の判断が重要であるが、アナフィラキシーでは投与を躊躇ってはいけない。

ACS治療

ACS治療ガイドラインに従うべき

ニトログリセリンKounis症候群の治療に最も広く使用されている。虚血心筋への側副血管の血流増加とともに冠動脈の拡張を引き起こす。ニトログリセリン舌下錠として0.3~0.4mgを5分間隔で投与する。ニトログリセリンの点滴静注は5~10μg/minから開始し、症状が消失するか、低血圧などの副作用が出現するまで、5分ごとに10μg/分ずつ増量する

・カルシウム拮抗薬(ジルチアゼム、ベラパミル):血管拡張薬として作用するため、Type1に有用。

アスピリン:ASA160~325mg⇨DAPT

・βブロッカー:Kounis症候群では冠動脈攣縮のため禁忌。

・グルカゴン:β遮断薬による治療中で、虚血性心疾患の既往がある患者には、エピネフリンがαアドレナリン作用に対抗しないために、より強い血管攣縮を引き起こす可能性があるため、グルカゴンが有効。

オピオイドコデイン、メペリジン、モルヒネ):大量の肥満細胞脱顆粒を誘発し、アレルギー反応を悪化させる可能性があるため、Kounis症候群の場合は慎重に投与。

血栓吸引:Kounis Type3に有効。血栓は病理、好酸球染色(ヘマトキシリン・エオジン)、肥満細胞染色(ギムザ)を評価。

・肥満細胞安定化薬:クロモグリク酸塩(クロモリン)、ケルセチンフラボノイド、ステロイド、抗ヒスタミン薬はステントのアレルギー症状を改善できる可能性がある

・ヘパリン:APTT1.5~2.5倍のAPTTを維持。ヘパリンはボーラス投与ではアレルギー反応を引き起こす可能性があるので注意。