地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20230701:NEJM Case record:Case 20-2023: A 52-Year-Old Man with a Solitary Fibrous Tumor and Hypoglycemia

今週のNEJM case recordです。孤立性線維性腫瘍(solitary fibrous tumor)を有する52歳の男性が、反復性低血糖で入院した症例でした。

Case 20-2023: A 52-Year-Old Man with a Solitary Fibrous Tumor and Hypoglycemia

 
以下経過です。
腫瘍は骨盤内原発で肺に転移を認め、放射線+化学療法(dacarbazine)後に腫瘍を切除し、肺転移には放射線療法が追加で行われた。しかしその後、肺、胸部、膀胱、右脚に転移を生じたため、化学療法(pazopanib, doxorubicin with olaratumab, gemcitabine with docetaxel, and vinorelbine)が追加で行われた。vinorelbine開始後、FN(肺炎)となりCFPMで治療を行い、1週間で退院した。そのその11日後、脱力感、混乱があり低血糖を認め、経口、点滴補充をしたが低血糖を何度も繰り返した。
既往は2型糖尿病(メトホルミンの処方をされていたが過去6ヵ月は内服していなかった)、高血圧、腎嚢胞、変形性関節症、慢性腰痛、うつ病虫垂炎切除後。内服薬はガバペンチン、シアノコバラミン、タムスロシン、フィナステリド、フェンタニルテープ、アセトアミノフェン、クロナゼパム、メラトニンポリエチレングリコールオキシコドン。職業は元作業労働者、飲酒/喫煙は以前は週に6本のビール、1日1箱のタバコを吸っていたが、1年前に禁酒/禁煙。家族歴は父親がメラノーマ、姉が甲状腺癌、母方の祖母が卵巣癌、母方の叔母が白血病、父方の叔父が肉腫、母親は高血圧と脂質異常症、兄弟は糖尿病。
 
低血糖の原因は?マネジメントは?
 
非糖尿病患者の低血糖の基本的なアプローチは以下のスライドを参照してください
Step0:低血糖症かどうかwhippleの3徴で確認

 

 
Step1:経口血糖効果薬、インスリン以外の薬を考える

 

Step2:併存疾患を調べる



Step3:糖補充の前にインスリン・Cペプチドを採取して、分類する

 

Step3:外因性に迫る

 

 
インスリンとCペプチドが高値の場合は、インスリン・Cペプチドが著名高値の場合やインスリン/Cペプチド比率が1以上の時に鑑別が絞られることを昨年のClinical Problem Solvingで学びました。インスリン自己免疫症候群の症例でした。(The After-Diner Dip(N Engl J Med 2022; 386:2130-2136))

 

昨年のCase recordでインスリノーマの症例もありました、良い復習となりますので良ければ。(Case 23-2022: A 49-Year-Old Man with Hypoglycemia
(N Engl J Med 2022; 387:356-365))
 
 
さて、本症例はどうでしょうか?
非糖尿病患者の低血糖として良さそうです。
薬はいくつか入っていますのて低血糖の副作用がないかは要確認ですね。
併存疾患は明らかな低血糖を促すものはなく、副腎不全は検査結果から否定的、敗血症という経過でもないのでしょうか。
インスリンとCペプチドに着目して検査結果を見てみましょう。



インスリン、Cペプチドともに低下していますね。病態としては何を考えるでしょう?

 
インスリンに関連しない薬剤によるもの、又はIGF-Ⅱ関連ですね。IGF-Ⅱ関連というのはNon-islet-cell tumor hypoglycemia:NICTH(非ラ氏島細胞腫瘍由来低血糖)を考えます。腫瘍細胞による血糖消費、インスリン様ホルモン(IGF-2)により低血糖が起こる病態で、以下の多彩な腫瘍で生じることが知られていますが、比較的巨大な腫瘍と関連しているといわれます。

低血糖-診療の現場からとらえ直す.2017,医学書院)
 
本文の流れは以下
インスリン血症性低血糖はまれな疾患である。
急性の原因:肝不全、腎不全、副腎クリーゼ、敗血症などの代謝異常を伴う重篤な疾患が挙げられ
先天性の原因:グリコーゲン貯蔵異常症、脂肪酸酸化異常症、ミトコンドリア病などの先天性代謝異常
後天的な原因:インスリン自己免疫症候群、IGF-IやIGF-IIなどの内因性インスリン様ホルモンの過剰産生が挙げられる
⇨この患者では、孤立性線維性腫瘍と進行性低血糖IGF-IIの過剰産生を示唆していた
インスリン自己免疫症候群が低インスリン?)
 
孤発性線維性腫瘍の特徴的な遺伝子異常は、NAB2-STAT6融合遺伝子をもたらす染色体逆位であり、プロIGF-IIとして知られるIGF-II前駆体タンパク質の発現を促進する。
 



 
1930年にKarl Walter DoegeとRoy Pilling Potterの論文で、縦隔の線維肉腫患者における難治性低血糖の現象が初めて報告され、以来、この現象はDoege-Potter症候群と名付けられ、腫瘍からのIGF-2の分泌によって引き起こされることが知られている。Doege-Potter症候群は、孤立性線維性腫瘍患者の5%未満にみられ、主に大きな腹膜腫瘍または胸膜腫瘍にみられる。
 
この患者のIGF-2値は354ng/ml(基準範囲333~967)、IGF-1値は23ng/ml(基準範囲50~317)、グルコース値は60mg/デシリットル(3.3mmol/リットル;基準範囲70~110mg/デシリットル[3.9~6.1mmol/リットル])であった。IGF-2の腫瘍随伴性産生に関しては、IGF-2の絶対値が正常であることが多いため、IGF-Iに対するIGF-IIの比が重要である。転移性孤立性線維性腫瘍、低血糖IGF-2:IGF-1比15.4:1の組み合わせは、Doege-Potter症候群の診断と一致する。
Doege-Potter症候群の診断には、pro-IGF-IIレベルの測定やNAB2-STAT6融合遺伝子を確認するための分子生物学的検査を実施することもあるが、必須ではない。
⇨本症例はDoege-Potter症候群の診断
 
IGF-II過剰産生による低血糖症の治療
原発性がんの治療によるIGF-IIの過剰産生の除去である。しかし、がんを切除できない場合は、治療の目標は症状のコントロールである。軽度の低血糖は、頻繁な炭水化物摂取と継続的なグルコースモニタリングで管理できるが、本症例は低血糖が再燃した。
高用量ステロイド(1日あたり20mgを超えるプレドニゾンに相当)の使用は、腫瘍におけるIGF-IIの産生を減少させ、IGF結合タンパク質のレベルを変化させ、インスリン受容体シグナル伝達に対する抵抗性を促進する可能性があり、本症例はプレドニゾンの投与量を1日30mgから1日60mgに分割増量したが、低血糖は再燃した。
 
その他、遺伝子組換えヒト成長ホルモンは、肝インスリンシグナルの抑制、IGF結合蛋白3の産生増加、および循環IGF-IIの生物学的利用能の低下を通じて、低血糖を減少させることが示されている。ソマトスタチンアナログは、低血糖エピソードの減少に関して有益であることは示されていない。IGF-II拮抗薬などの治験薬が評価されているが、まだ臨床使用はできない。
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勉強になりました。
非糖尿病患者の低血糖のアプローチ、NICTHの良い復習となりました。繊維種に関連するものはDoege-Potter症候群とも呼ばれるんだなという感想です。
IGF-1とIGF-2の比で診断するのは知りませんでした、というかIGF測れるのを知りませんでした。
治療はなかなか大変そうですね。ステロイド以降の治療がどこまで実臨床でできるようになるかですね(実際にどこまでやられているんだろう?)。
 
あとは、NICTHと同じカテゴリーに薬剤がありますので、介入できるという点で、NICTHを考えても、閾値低く薬剤を洗い出して、低血糖の原因として考えられるものはないか、やめられるものがないかを考えることは重要と思いました。