地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20230414 NEJM Case record:Case 11-2023: A 67-Year-Old Man with Mantle-Cell Lymphoma and Hypoxemia

週に1回のNEJM case recordまたはCPSの輪読会の日ですが、今週はTokyo GIMを見る週なのでお休みですので簡単にまとめだけ。本日のcaseはこちらです。

Case 11-2023: A 67-Year-Old Man with Mantle-Cell Lymphoma and Hypoxemia April 13, 2023. N Engl J Med 2023; 388:1416-1423[PMID:37043657])

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67歳の男性が低酸素血症で当院に入院した。本症例の6年前に、下血と貧血のため受診、GFで十二指腸潰瘍が発見され、生検で中分化型腺癌を認めた。腹部CTで膵頭部に局所浸潤性腫瘤を認め、十二指腸への転移を伴う膵臓癌と診断され、化学放射線療法、膵頭十二指腸切除術などの治療が行われました。術後2ヶ月で胸部CTにて右肺下葉に分節性肺塞栓症が認められた。低分子ヘパリンによる治療が推奨されたが、患者は拒否した。

 

その後5年間、体幹部CTを6ヶ月ごとに実施した。6ヶ月前に、腹部CTでS状結腸に新たな腫瘤を認め、それに伴うリンパ節腫脹を認めた。大腸内視鏡検査で、2つの非閉塞性中型腫瘤を、1個は回盲弁に、もう1個はS状結腸に認めた。生検が行われ、マントル細胞リンパ腫の診断となった。5ヶ月前に、長時間の車移動の後、右脚の痛みが出現した。右脚の超音波検査で遠位深部静脈血栓症を指摘され、アピキサバンによる治療が開始された。

 

9週間前に、リツキシマブ、デキサメタゾン、高用量シタラビン、シスプラチン(R-DHAP)療法の1サイクル目を投与し、フィルグラスチム(G-CSF)も投与した。予防のためアシクロビルとST合剤の投与を開始したが、1週間後に体幹に発疹が発生したため、ST合剤をアトバコンに変更した。

 

今回の発表の6週間前にR-DHAP化学療法の2サイクルを実施した。その2日後、黒色便、倦怠感、労作時呼吸困難が出現した。臨床検査で貧血が認められた(ヘマトクリット 26.8%[正常範囲 41.0~53.0])。RBC2単位輸血を行い、症状は改善した。オメプラゾールによる治療が開始された。4週間前に,薬価の関係でアトバコンの投与を中止し,ダプソン(ジアフェニルするホン)の投与を開始した.

 

3週間前にR-DHAP化学療法の3サイクルを実施した。右脚の超音波検査で遠位深部静脈血栓症が消失したため、アピキサバンによる治療を中止した。2週間前に疲労感と労作時呼吸困難が再発したが、黒色べんは再発しなかった。検査で貧血(ヘマトクリット28.7%)を指摘され、RBC1単位輸血をし、疲労感は消失したが、呼吸困難は消失しなかった。

 

当日、R-DHAP化学療法4サイクルの投与前に患者を改めて評価した。労作時呼吸困難が続いているが、咳、発熱、悪寒、胸痛、起座呼吸はな買った。膵頭十二指腸切除術以降、便が緩くなっていた。既往歴として、高血圧、遺伝性球状赤血球症があるが脾臓摘出術で治療済み。薬剤歴としてはアシクロビル、ダプソン、リシノプリル、オメプラゾール。アレルギー歴はST合剤は発疹を引き起こした。飲酒歴はなし、喫煙は20年前までのex-smoker。生活はボストン郊外に独居、家族は離婚後、職業は弁護士。家族歴は母親が乳癌。

 

診察の結果、体温36.6℃、血圧134/82mmHg、脈拍90拍/分、呼吸数22回/分、頻呼吸あり、SpO2 92%(RA)。歩行時にSpO2 88-90%と低下を認め、NC6Lで安静にしていると93%であった。BMIは25.4。呼吸音は正常、頸静脈波の上昇なし、下腿浮腫なし。

 

血液検査結果は表の通り。COVID-19 PCRは陰性。呼吸器ウイルスパネル検査陰性。心電図は正常洞調律。

 

胸部造影CTは、右上葉と両下葉の動脈陰影欠損を認め、肺塞栓と診断した。両側上葉には微小なtree in bud とGGOが認められたが、以前と比較し変化はなかった。主肺動脈は分岐部より近位で直径2.6cmであった。

 

 

R-DHAP療法の4サイクル目が延期され、ヘパリン静注による治療が開始された。入院2日目、安静時NC5LでSpO2 91%であった。

A diagnostic test was performed.

 

鑑別、方針は?

 

 

 

 

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鑑別診断

生理学的に低酸素血症を考える

肺胞気式:PAO2=(大気圧-47)×Fio2-PAco2/0.8

AsDO2:PAO2-PaO2

a:動脈、A:肺胞

 

患者の標高、AaDO2、酸素への反応で鑑別を進める

 

低大気圧

大気圧圧が下がると肺胞酸素分圧(PAO2)が低下する。肺に問題はなくA-aDO2は正常となる。酸素投与によりFiO2を上げることで改善する。本症例は標高が高い場所に住んでおらず当てはまらない。

PAO2=(大気圧-47)×Fio2-PAco2/0.8

AαDO2=PAO2-PaO2

 

低換気

二酸化炭素は肺胞に自由に拡散されるため、Paco2が増加するとPAo2が減少する。肺に問題はなくA-aDO2は正常となる。酸素投与によりFio2を増加させることで改善する。本症例はAガスがなく評価できてないが、病歴には低換気はない。また、低換気のでは、酸素投与でSpO2が上昇するはずなので、低換気では本症例を説明できない。

 

拡散障害

PAO2は十分だが、酸素が動脈血に拡散する能力が損なわれている状態。肺切除術を後(ガス交換のための肺胞面積の絶対値が減少する)、肺線維症(ガス交換のための肺胞面積の有効性が減少する)のように、ガス交換のための有効面積が減少することを特徴とする疾患を有する患者で生じる。A-a DO2は上昇する。PAO2が正常であれば、A-aDO2の上昇を補うように血液を十分に酸素化することができるため、酸素投与によりFio2を増加させることで改善する。

拡散障害は運動時に最も顕著に現れる。赤血球が肺胞を移動する速度が上がると、ガス拡散に利用できる時間が減少し、酸素拡散の障害による悪影響が増幅される。本症例ではSpO2はFiO2の上昇に反応せず、低酸素血症は運動によりわずかに悪化しただけであったため、拡散障害では説明できない。

 

換気血流比不均衡

複雑な生理的メカニズムである。多くの肺胞は十分に換気されているが、一部の肺胞は換気不足である。このようなベースラインの換気効率の悪さが、正常な気流の中でA-aDO-2が存在することの一因となっている。気道の疾患を特徴とする疾患状態では、換気不足の肺胞の割合が増加し、換気血流の不均衡が大きくなり、最終的にA-a DO2の上昇につながる。換気不足の肺胞はまだ換気されているので(したがって吸入酸素でが届く)、酸素投与によりFio2を増加させることで改善する。この患者は、診察で明らかな気道狭窄を認めず、酸素吸入にも反応しなかったので、換気血流不均衡を示す明確な証拠はない。

 

シャント

先天性チアノーゼ性心疾患について考えることで理解できる概念である。ファロー四徴症では、右心室の脱酸素化した血液が心室中隔欠損を経て左心室に流れ、酸素のある肺を迂回するため、赤血球は酸素のある肺胞に出会うことはなく、A-aDO2の上昇と同様のことが生じる。さらに、赤血球は酸素と出会うことがないため、肺胞にいくら酸素を補給しても影響を受けることはない。健常者にも解剖学的に微小なシャントが存在し、正常なA-aDO2の存在に寄与している。肺循環が脱酸素化した血液を含気のない肺に送り込む場合にも生じる。酸素投与によりFio2を増加させても、SpO2は上昇しない(しづらい)。本症例ではSpO2はFiO2の上昇に反応せず、シャントが低酸素血症を説明する可能性が高い。

 

※それぞれの代表的な疾患(medicina Vol.57 No.2)

低換気:肺外性(神経筋疾患、中枢性呼吸抑制、低K血症)、肺性(COPD、肥満、側彎)

拡散障害:肺水腫、間質性肺炎肺気腫

換気血流不均衡:PE、COPD、LOS(Low output syndrome)

シャント:肺動静脈瘻、PFO、ASD、高度の換気血流不均衡(無気肺など)

 

シャントの可能性が高いと判断したら、次はシャントの原因検索、特に胸部画像での異常検索を行うが、本症例では肺内シャントを生じるような十分な所見は得られなかった。

 

病態生理的にシャントが生じているが、画像上はシャントはなさそうという状況で鑑別を考えてみるとメトヘモグロビン血症がある。

 

メトヘモグロビン血症

本症例はメトヘモグロビン血症の最も一般的な後天的原因の一つであるダプソンを投与されていた。

メトヘモグロビンは赤(660 nm)から赤外線(940 nm)の透過係数を持ち、85%酸素化ヘモグロビンと同等である。メトヘモグロビン濃度が30%に近づくと、SpO2は85%に近づき、酸素を補充しても影響を受けない、これは生理的シャントを模している。本症例は安静にしていて、NC5L/分の速度で酸素を補充されている間、酸素飽和度が91〜92%だったことを認めることが重要である。この酸素飽和度が純粋にメトヘモグロビン血症のアーチファクトであれば、メトヘモグロビン濃度は30%未満で、症状はないと予想される。しかし、この患者には呼吸困難に加えて貧血があり、化学療法の影響またはダプソンによる溶血性貧血の可能性があり、LDHやMCVが上昇していることから、この病態は支持されます。さらに、この患者には小さな肺塞栓があり、酸素吸入に反応しないことの説明にはならないが、少なくとも呼吸困難の原因になっている可能性が高い

肺塞栓を併発した患者のダプソンによるメトヘモグロビン血症が診断と考えられる。diagnostic testはメトヘモグロビンを定量化できる動脈血ガス分析である。

 

Diagnostic test

血中メトヘモグロビン濃度は9.7%(基準範囲、0~1.5)であった。メトヘモグロビンは、血液ガスで、ヘモグロビン誘導体の特徴的な吸光度スペクトルを測定し、全ヘモグロビン量に対する割合で表示される。

正常なヘモグロビンは、ヘム分子内に第一鉄(Fe2+)を含んでいる。鉄が酸化して第二鉄(Fe3+)になると、メトヘモグロビンと呼ばれる異常なヘモグロビンが生成され、第二鉄は酸素と結合することができない。さらに、第二鉄の存在は、残りの第一鉄の酸素に対する親和性を高めるため、酸素-ヘモグロビン解離曲線の左シフトをもたらす。酸素放出量の低下と酸素結合能の低下という二重の効果により、組織の低酸素化が引き起こされる。

赤血球は、ヘモグロビンをメトヘモグロビンに変換する酸化的ストレスに絶えずさらされている。しかし、メトヘモグロビン濃度は、通常、チトクロームb5還元酵素経路に代表する酵素的還元経路により正常に維持されている。メトヘモグロビン値の上昇は、先天性酵素欠損症、ヘモグロビン変異体(ヘモグロビンM病)、外因性酸化剤への曝露で起こる。 ダプソンは、後天性メトヘモグロビン血症を引き起こす一般的な薬剤であり、N-ヒドロキシルアミン代謝物を通じて酸化ストレスを誘導し、ヘモグロビンからメトヘモグロビンへと酸化される。

 

フォローアップ

経胸壁心エコー検査(NC6L/min、SpO2 94%)を行い、マイクロバブル検査を行いPFOを認め、微量の右左シャントを認めた。右心室のサイズと機能は正常であり、急性の右室負荷所見はなく、左室収縮も正常であった。

患者の貧血は安定しており、輸血はされなかった。末梢血塗抹標本では溶血の所見は認めなかった。血中メトヘモグロビン濃度が明らかになった後、メチレンブルーの静脈内投与が行われた。12時間後、患者は酸素補給をやめ、パルスオキシメトリーによる酸素飽和度は正常化し、再検査によりメトヘモグロビン値は1.5%に減少していた。低酸素血症の評価中に延期されていたR-DHAP化学療法の第4サイクルを実施した。ダプソンの投与を中止し、アトバコンを再開した。患者には、今後ダプソンを避けるよう指示した。患者はR-DHAPの全4サイクルを完了した。治療後に実施したCTと大腸内視鏡検査では、完全寛解となった。18ヵ月後、患者は再発を認めていない。 

 

もし、この患者が肺動脈圧が上昇していたら、メチレンブルーで治療しても大丈夫だったのか?

メチレンブルーはメトヘモグロビン血症の治療薬ですが、難治性の血管拡張性ショックに対する救済療法としても使われることがある。メチレンブルーは、可溶性グアニルシクラーゼ(sGC:一酸化窒素の下流エフェクター)を阻害することにより、血管平滑筋における環状グアノシン一リン酸(cGMP)の生成を阻害し、血管拡張作用を抑制する。sGCを阻害することは肺高血圧症患者には不都合な影響を与える可能性がある。実際、肺-NO-sGC-cGMPシグナルは肺動脈血管弛緩を促進するため、肺高血圧症患者には有益であると考えられる。肺動脈性肺高血圧症や慢性血栓塞栓性肺高血圧症の治療には、cGMP産生を増加させる薬剤(sGC活性化剤のリオシグアトなど)やcGMP分解を防ぐ薬剤(ホスホジエステラーゼ5阻害剤のシルデナフィルなど)がよく使われる。したがって、メチレンブルーでsGCをブロックすることは、肺血管収縮に好ましくない影響を与え、肺高血圧を悪化させるかもしれない。これらの理論的な懸念にもかかわらず、動物実験では、メチレンブルーは肺の一酸化窒素シグナルに最小限の影響しか与えない可能性があることが示唆されている。しかし、実際には、この患者が臨床的に重大な肺高血圧症であった場合、チレンブルーの使用を避けた考えられる。

 

経胸壁心エコー図に卵円孔を介した微量の右左シャントが認められたことは、シャントがこの患者の低酸素血症に寄与したことを示唆するか?

本症例では、気泡の通過は「微量」しか観察されなかった。これで酸素補給に反応しないことを説明するには十分なのだろうか。酸素補給に対する反応の欠如を引き起こすには、かなりのシャント率(25%以上)が必要であることが言われており、心臓の左側に微量の気泡があっても、この患者の症状を完全に説明できるほどのシャントの存在を示すとは思えない。さらに、メチレンブルーの使用により、観察された低酸素血症は速やかに解消され、これはメトヘモグロビン血症が主な原因であることと一致する。 

 

最終診断

ダプソンによるメトヘモグロビン血症

 

その他

Am J Hematol. 2021 Dec; 96(12):1666-1678.(PMID:34467556)

メトヘモグロビン%による症状、所見、原因

MetHb<10%で無症状で偶然見つかることも多い

基本的には貧血様症状、頭痛を主訴に来院することもある

後天性は薬剤性や毒物暴露が原因となることが多い

 
メトヘモグロビン血症の急性期マネジメント
・無症状であれば、追加治療することなく経過観察することが可能
・酸素補給は必要に応じて追加する必要がある
・高メトヘモグロビン値で有症状である場合は、治療を開始する必要がある
・メトヘモグロビン高値は、10%~30%以上と定義され、文献上では20%以上が最も多く報告されている
・第一選択治療は、赤血球内でメトヘモグロビンをオキシヘモグロビンに還元する補酵素として働くメチレンブルー(MB)の点滴静注療法
・MBの初回投与量は、0.3 mg/kg から 5.5 mg/kgまでを 3~5 分かけて注入するが、通常 1~2 mg/kg、30 分以内に症状が消失しない場合は、投与を繰り返す、MB投与後1時間以内にMetHb値が正常化する
・追加オプションとしてアスコルビン酸は経口、筋肉内、静脈内投与が可能、MBの反復投与で改善が見られない場合、治療的全血交換(TWBE)または高気圧酸素療法を考慮すべき、システマティックレビューにおいて、TWBEはMB不応症患者の生存率81.6%につながった
 
Acta Clin Croat. 2022 Jun;61(Suppl 1):93-98.[PMID:36304805]

メトヘモグロビン血症を疑うシチュエーション

  • 初期症状は貧血様:動悸、息切れなど ※溶血性貧血を生じることもある
  • PaO2とSpO2の解離:SpO2がPaO2と比較して低い
  • 難治性低酸素症:メトヘモグロビン血症は、100%酸素投与下でSpO2が82-86%で、他に低酸素症の説明がつかない
  • Cyanosis-saturation gap:メトヘモグロビン血症により中心性チアノーゼが発現する(舌の色に注意)。酸素飽和度が80-90%では通常チアノーゼを起こさないので、飽和度が80-90%の患者で中心性チアノーゼを呈する場合は臨床的にメトヘモグロビン血症が疑われる
  • 茶色血液:メトヘモグロビン血症では、血液の色がチョコレート色に変化する。また、患者の血液を白いガーゼにつけると、脱酸素した血液とは異なり、乾燥しても茶色のままであり空気中の酸素を吸収して再び赤色に変化するAn external file that holds a picture, illustration, etc.
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メトヘモグロビン濃度と血液の濃さの相関An external file that holds a picture, illustration, etc.
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MetHb濃度が濃くなるにつれて、血液の色も茶黒色に近づく 

 

後天メトヘモグロビン血症を起こす薬剤、物質

 

局所麻酔薬、硝酸薬、抗生剤などで多い

 

日本内科学会雑誌 110 巻 3 号

後天性の原因として最多がダプソン

日本では難治性皮膚疾患に対して皮膚科からの処方が多い

200 mg/日を超えたときに生じやすいと言われているが、軽症では50-100μg/日でも生じている報告が散見し、 従来考えられていたよりも高 い頻度でメトヘモグロビン血症を発症していることが示唆される



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勉強になりました。最初からガス取れと思ってましたが、PEがあったり、貧血があったり、PFOがあったりしても、低酸素血症を基本通り病態生理的に鑑別していく重要さを感じました。ダプソンのメトヘモグロビン血症は有名ですが、実臨床ではあまり見ない薬なので、症例として学べてよかったです。

 

今日はこの辺で失礼します。