地方内科医の日日是好日

地方中規模病院内科医の日々の診療記録

20230907:自己免疫性脳炎をAPEスコアで考えてみる

症例:70代男性、農業を普段はしている。数日前からおかしなことを言うようになっていた。受診当日から体動困難があり救急受診。ERで頭部MRI、髄液検査を実施したが、髄液でタンパクの軽度上昇のみ(51)。検査で鎮静を使用していた影響もあったのか、ERで徐脈となり、血圧低下、ショックとして挿管管理でICU入室。その後コロナ陽性が判明。

 

敗血症も考慮され抗生剤治療を開始、HSV脳炎は否定できずACV開始。血圧低下に対してはノルアドレナリンとヒドロコルチゾンが使用された。

 

その後培養陰性で抗生剤を1週で終了。HSV-PCR陰性を確認しACV終了。昇圧剤とステロイドは漸減終了。意識は回復傾向で抜管とした。

 

指示は入るが、見当識障害があり、意味不明な言動などを認めた。時折顔を右に傾けて左側を向かない様子などもあった。

 

COVID関連のMERSなども疑われ頭部MRIを撮像するも所見なし。

 

意識障害/変容の原因はなんだろう?

 

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上記は架空症例です。

 

ここで生まれた臨床疑問

CQ:この症例で自己免疫性脳炎・脳症を考えた方が良いか?

 

自己免疫性脳炎・脳症はどのような時に疑ったほうが良いでしょうか?

 

自分の経験として疑うことがシチュエーションは、意識障害の症例に対して髄膜炎対応を行い、デキサメタゾンを投与し、各種培養、PCR陰性で抗生剤、抗ウイルス薬、ステロイドを終了とした後に、意識障害、意識変容が再燃し、ステロイドが必要な病態を考え、自己免疫性脳炎・脳症を疑います。

 

また、元いた病院の神経内科Drから「新規発症の痙攣重責を見た時には自己免疫性脳炎を考慮しなさい」と言われたのが自分にとっては大事にしている言葉です。

 

と言うことで今回は自己免疫性脳炎をいつ疑うかを考えてみましょう。今回読む論文はこちら

 

Clinical Prediction Ruleの乱用は好きではありませんが、病気の特徴を理解するのにCPRの本質を理解するのは重要だと思います。

 

※前提として新規発症難治性てんかん重責(New-onset refractory status epilepticus:NORSE)では下のように自己免疫性脳炎や傍腫瘍性神経症候群が2割程度ずついるとされています。(New-onset refractory status epilepticus: Etiology, clinical features, and outcome:Neurology.2015 Nov 3;85(18):1604-13.)

An external file that holds a picture, illustration, etc.
Object name is NEUROLOGY2015650507TT1.jpg

 

※NORSEは転換の既往がない患者の、明らかな誘因のない、新規発症難治性てんかん重責状態を呈する症候群です。(Proposed consensus definitions for new-onset refractory status epilepticus (NORSE), febrile infection-related epilepsy syndrome (FIRES), and related conditions:Epilepsia Volume 59, Issue 4 p. 739-744)

 

doi:10.1001/jamaneurol.2016.5429

 

Introduction
・原因不明のてんかんは成人のてんかんの3分の1を占めると推定されている。
・近年、自己免疫性脳症やてんかんに関連した神経学的自己抗体(Abs)が多数報告されている。
・これらの抗体の大部分は、シナプス神経伝達物質受容体、イオンチャネル、関連蛋白質などの神経細胞表面抗原に対するものである。
・さらに、自己免疫性甲状腺炎に伴うステロイド反応性脳症やGAD65抗体が高値の患者は、seizureを呈することがある。

・本研究では原因不明のてんかん患者において、免疫介在性てんかんに関連する神経学的Absの有病率を明らかにすること、抗体を有する可能性の高いてんかん患者を同定するために、臨床データ、画像データ、検査データを用いたスコアリングシステムの構築と検証を試みた。

 

Methods
・2015年6月1日から2016年6月1日までの12ヵ月間に、新規発症てんかん(少なくとも24時間で2回のunprovoked seizure、または再発の可能性が高いことを示唆する臨床的特徴ある1回のunprovoked seizureが追加されたものと)または原因不明のてんかんの既往のある、単一施設の神経内科を受診した患者を前向きに同定した。
※exclusion:説明しうる基礎代謝異常(腎不全、肝不全、アルコール中毒、悪性高血圧、血糖異常など)、脳の器質的病変(脳卒中、腫瘍、外傷、heterotopias、血管奇形、膿瘍、感染性病変、先天奇形)が存在する患者、染色体異常、遺伝的症候群、先天性代謝異常が証明または疑われ、seizureを伴う発達遅滞症候群につながる患者。

・血清検体を自己免疫性てんかんとの関連が報告されているAbs(NMDAR-Ab、VGKCc-Ab、LGI1- Ab、GAD65-Ab、GABAB- Ab、AMPAR-Ab、ANNA-1-Ab、抗Hu-Ab、PCA-2-Ab、amphiphysin-Ab、CRMP-5-Ab、TPO-Ab)、その他の自己免疫性てんかんとの関連が示されていない抗体(AGNA-Ab、PCA-1Ab、AChR-Ab、AChR-Ab、ANNA-2Ab、ANNA-3Ab、PCA-Tr-Ab、N-type calcium channel-Ab、P/Q-type calcium channel-Ab)の検査のため、免疫調節治療の前に血清が採取された。

 

以下antibody prevalence in epilepsy (APE)スコア

https://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/ohter/20191227.html

・各患者の臨床的特徴、MRI、脳脊髄液の特徴を記録し、各患者について前向きにてんかんにおけるantibody prevalence in epilepsy (APE)スコアに割り付けた


自律神経障害(患者に心機能障害または自律神経機能障害の病歴がない場合のみスコア化し、自律神経機能障害が薬剤、低髄液圧症、または血漿交換に起因すると考えられる場合はスコア化しない)には、持続性心房頻拍または徐脈 起立性低血圧(起立3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下または拡張期血圧が10mmHg以上低下)、多汗症持続的に不安定な血圧VT心停止などが含まれた。


・追跡調査において、良好な発作転帰とは、初回追跡調査時に発作頻度が50%以上減少していることと定義した。

・免疫調節療法を行うかどうかは、抗体検査の結果を知ることができる神経内科医の判断に委ねられた。

 

Results

医療機関、Unit毎の自己免疫抗体の数は以下

※自己免疫性てんかんの診断におけるTPO-Abの役割は不明確であるため、TPO-Abが唯一の抗体マーカーであった患者11人(9.8%)は、その後の解析において血清検査陽性群から除外された
※低力価のGAD65-Ab(<2.0 nmol/L;GAD65-Abのnmol/L)は、一般集団の約8%に存在する可能性があり、低力価の抗GAD65-Abの特異性が低く、20nmol/L以上のGAD65-Ab抗体価は神経学的自己免疫の特異性が高いと考えられているため、20nmol/L未満のGAD65-Ab力価を有する5例(4.5%)も、その後の解析から除外した

 

各自己抗体の割合は以下

・TPO-Abと低力価のGAD65-Abを有する症例を含む(Figure A):原因不明のてんかん患者39例(34.8%)で自己抗体が陽性となった。

・TPO-Abと低力価のGAD65-Abを有する症例を除外後(Figure B):原因不明のてんかん患者23例(20.5%)は、てんかんの自己免疫的原因を強く示唆する自己抗体が陽性となり、自己免疫性脳炎が疑われた。
新規発症のてんかん患者では、既発症のてんかん患者よりもAbsの有病率が高かった(35例中13例[37.1%]vs77例中10例[13.0%]、OR 3.4;95%CI 1.5-7.8;P = 0.004)。
・ 血清陽性の新規発症てんかん患者13例では、NMDAR、LGI1、高力価GAD65が主な神経学的Absであった。
・原因不明の既発症てんかん患者10名では、VGKCc-Ab(LGI1-Abを除く)と高力価GAD65-Abが検出された。

 

自己抗体陽性例と陰性例の比較は以下

自己抗体陽性に対して有意差がある所見

ウイルス性前駆症状(7 [30.4%] vs 3 [3.4%]; OR, 12.5; 95% CI, 2.9-53.7; P = .001)
自律神経機能障害(9 [39.1%] vs 3 [3.4%]; OR, 18.2; 95% CI, 4.4-75.6; P < .001)
精神神経学的変化(18 [78.3%] vs 21 [23.6%]; OR, 11.7; 95% CI, 3.9-35.2; P < . 001)
顔面上腕ジストニア運動または顔面ジスキネジア(4 [17.4%] vs 3 [3.4%]; OR, 6.0; 95% CI, 1.3-29.2; P = 0.03)
辺縁系脳炎に相当する側頭葉内側のT2WI/FLAIR MRI異常(11 [47.8%] vs 16 [18.0%]; OR, 4.8; 95% CI, 1.7-13.3; P = 0.002)

 

多変量回帰モデルでの自己抗体を予測擦り独立因子
自律神経機能障害(OR、11.7;95%CI、2.2-63.6;P = 0.004)

精神神経学的変化(OR、7.6;95%CI、2.0-28.9;P = 0.003)

 

APEスコアについて
・ Ab陽性の患者のうち、APEスコアが4以上であった患者の割合が有意に高かった(19例[82.6%] vs 17例[19.1%]、OR、21.7;95%CI、6.5-72.4;P < 0.001)
・APEスコアの中央値は、血清学的所見が陽性の患者で有意に高かった(中央値、5[範囲、1~11] vs 中央値、2[範囲、0~12];OR、1.47;95%CI、1.2~1.8;P<0.001)。 
⇨APEスコア4以上をカットオフ値とするとAPEスコアの感度82.6%/特異度82%、AUCは0.79であった。 
・何らかの抗体を有する 39 例の全患者を考慮した場合、他の抗体(VGKCc-Ab、 GAD65-Ab、TPO-Ab、Hu Ab)を有する患者と比較して、特異性の高い細胞表面神経系 抗体(NMDAR-Ab、LGI1-Ab)を有する患者の APE スコアが 4 以上である割合が有意に高かった(8 例中 8 例[100%] vs 31 例中 14 例[45.2%]; OR, 20.5; 95%CI,1.1-386.5;P=0.04)。

 

Discussion

・APEスコアが4以上(特異度82.0%、感度82.6%)は、抗体検査を受ける患者を選択する際のツールとなる。
・Absの検出は、特発性てんかんの血清陰性患者の転帰と比較して、発作の転帰、特に免疫療法後の転帰の改善と関連していた。

 

Limitations
・GlyR-Abs検査は研究時点では実施されていなかったこと
・自己免疫性てんかん患者の中には神経学的自己抗体が認められない場合があること

 

Conclusions
この研究は、原因不明のてんかん患者における神経学的Absの有病率をよりよく表している可能性があり、成人発症の原因不明てんかんの少なくとも20%は自己免疫性脳炎で説明できる可能性を示唆している。

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勉強になりました。

 

今までAPEスコアは自己免疫性脳炎に対してのスコアと思っていましたが、(NORSEだけではなく)原因不明のてんかんの中で自己免疫性脳炎を考えるかどうかのスコアだと言うことは認識を改めなければいけないと思いました(大枠の考えは一緒だと思いますが。)

イメージは下記の図がわかりやすいです。

JSEPTICスライド:https://www.marianna-u.ac.jp/dbps_data/_material_/ikyoku/20170725Fujimoto.pdf

・自己免疫性脳炎を疑う所見として、自分の中で抜けていたのは、自律神経障害、顔面上腕ジストニア運動または顔面ジスキネジアを意識することでした。自律神経障害でinclusionされているのは持続性心房頻拍または徐脈 起立性低血圧(起立3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下または拡張期血圧が10mmHg以上低下)、多汗症持続的に不安定な血圧VT心停止など幅広く、気にしてないと見落としてしまう気がします(心停止まで入っている。。)

 

⇨本症例では顔面ジスキネジアや徐脈なども関連があった可能性があるが、不随意運動は間欠的で徐々に改善、徐脈は鎮静剤の可能性が高いということになりました。その後徐々に意識変容は改善、COVIDに関連するself limitedな脳症だったのでしょうか。